01 薔薇の園の唄姫
02 伯爵に問う林檎の木
03 青空は黄昏に懺悔する
04 ヴェールを縫って
05 極彩色の夢                 お題お借りしました【不在証明

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薔薇の園の唄姫


一振りの長剣は血に濡れ、淡い蒼のドレスは赤く染め上がっている。
「どう王子に説明をすればいいかしら?」
髪にもべったりと返り血がついている。今から急いで湯浴みに行って支度し直しても、有に二時間はかかる?夜会には間に合わないし。
「あーぁ、もう最悪よ!」
ギロリと睨み付ける先には物言わぬ屍。部隊のものが私と目を合わせないようにして、せっせと片付けてる。絶対、この後王子に小言言われちゃうんだわ。ついでにぐちぐち、夜会でのストレス発散もかねて文句を言われるんだわ。
女装なんてするもんじゃないわね、男装の方がよほど楽だわ。レネッタが準備していた服を取り上げるんだもの。主催国の官吏として、皇太子の側近として最初のほうで出たけど、どいつもこいつも人のことじろじろみやがって!
悪かったわね、似合ってないわよ。そんなことわかってるし。どうせ、この年になっても色気の欠片もないわよ!王子は王子で顔をしかめてたし。ダメじゃないの、せっかくいい顔して生まれてきてんだから有効活用しなさいよね。

「ネーシュ!!」
「げっ!王子」

つい、本音がこぼれてしまう。仕方ないじゃない。直下の部下ぐらいしかいないんだから気が緩むわ。
というか、王子のあの形相を見たら絶対言う。

「なにをしてるんだ!」

頭の天辺から足の爪先まえで真っ赤に染まった私を見て、顔をしかめる。
いや、なにをしているって決まり切ったことじゃないのよ。

「ゴミ掃除ですけど」

数だけは多くてね、おかげで返り血でべっとり。よけるとその隙を狙われるから下手に避けれないし。早くお風呂に入りたいわ。

「そういうことを言ってるんじゃない!」

頭を抱えて廊下にしゃがみこむ王子。それを生暖かい眼差しで見守る特一の皆様。なんで?いやいや、そもそもなにしたいの、王子。

「ネーシュがする必要ないだろ」
「仕事なんですから必要でしょうが」

なにをバカなことを言ってるのだとばかりにぴしゃりと言い放つ。ついでに無い胸をはってみもする。
仕事はきちんと責任持ってしなくちゃ!

「だから、そういうことじゃなくて……」

一度は立ち上がった王子はあ゛ー、とか頭を掻き毟って再びしゃがみこむ。
立ちくらみとか起こさないのかしら?

「もういい、ついて来い!」
「え!?」

言うやいなや人の手首を掴んで歩き出す。それなりに長身な王子が大股で急ぎ足で歩かれると、手を捕まれた私は自然とつんのめる。

「何をしているんだ。いいからついてこい」

引っ張られて仕方なく歩くが処理が気になって振り向くと特一の人たちは手を振っている。
なんで?
人身御供みたいな感じがしてやなんだけど。
王子を見ても歩を緩めることなく先に進んじゃうし。なんか不機嫌だし。
あ、手袋と袖が赤くなってる。いまさら離してって言ったところで離してくれる雰囲気じゃないし、また怒られるのね、私。あんの侍女頭、私のこと目の敵にしてるのよね。何が気に入らないのよ!言っとくけど、私は仕事に対して手を抜いた覚えなんてないんだけど。

「レネッタ、まかせた」
「おまかせください」

連れられてきた場所は浴場。待っていたのはレネッタ他私をいじり回してくれた侍女一同。
血塗れの私を一瞥したあとレネッタはにっこり笑う。ゴメンナサイ!!

「さぁ、皆はじめましょうか。殿下をお待たせするわけにはいかないわ」

うん、さすが王子の乳母兄弟。見事な以心伝心だわ。手を引かれ、背を押され、
お湯に突き落とされる。
「ギャア」


目次 |02 伯爵に問う林檎の木




















伯爵に問う林檎の木


バタンッ、と音を立てて閉まる扉。わざとらしく立てられた音に、レネッタが怒っていたな、と。
壁によっかかり、そのままズルズルとしゃがみこんでため息を吐く。ついでに足も伸ばして座り込む。間違っても王子がする態勢じゃない。それはわかっている。

「バカだろ、あいつは」

わざわざネーシュが手を下すまでもない。全身を真っ赤にする必要なんて無い。

「そうですね」
「っ!……驚かせるな」
「申し訳ありません。ところで殿下、ネーシュ様は?先程のことで報告したいことがあるのですが……
どちらですか?」

いけしゃあしゃあと告げるその顔は少々どころじゃなく緩んでやがる。特一(王太子直属の近衛部隊)(護衛以外にもいろいろやる)の奴らはいつ俺がネーシュを落とすのか面白がっている。
へたれだよ、どうせ俺は!ネーシュに対してはへたれさ!!はっ

「ネーシュなら風呂だ。報告なら俺でいいだろ。言え」

ネーシュに伝えられる情報は最終的には俺にたどり着く。その間ネーシュが入って必要な情報が足されたり関係の無いものは切り捨てられてまとめられるが。
いま伝えられても問題ない。むしろ、知りたいぐらいだ。ネーシュが血塗れになる必要性があるのか脅してでも知りたい。
せっかくネーシュがドレスを着たんだ。それを台無しにした理由も追求したい。いっつも男装なネーシュがドレスを着たんだ。この稀少性がわかるか!
着せたレネッタ以下一同を誉めたい。それなのに!!
「では報告させていただきます。その前に移動してもよろしいですか?」
「ああ、わかった」

一応、腰に手をやって剣の有無を確かめる。
ちゃんとあるな。

「今回の襲撃犯ですが、身元に繋がるものはなく、侵入経路にも別段おかしい点はありません」
「そうか、それで他には?」
「使用した武器に毒物反応は無かったのですが、奴らの一人が所持していた短剣には『ジューダス』が」
「なんだと!?」

世界最強の毒『ジューダス』。
精製過程の時点で人が死ぬ諸刃の薬物で、その危険性から国際条約で精製・所持は基より精製に必要な物品のうち五種以上の所持でも刑罰の対象になるような危険極まりないものだ。
それでも、いや、だからこそ欲しがる者は後を絶たない。

「どれくらいの量だ?入手経路は辿れるか」
「濃度はまだわかりませんが、刃渡り十p程の両刃に塗られてありましたのでそれなりの量があることは確かです。濃度は分かり次第報告します。恐らくジューダスの購入経路から襲撃犯の雇い主も割れるでしょう」
「そうか、頼む」

質が悪い。
暗殺騒ぎならいつものことだが、ジューダスを持ち出すとなると話が変わってくる。下手をしなくても国家転覆並に危険だ。

「ところで殿下」
「なんだ」
「会場に戻らなくてもいいんですか?」
「俺がいなくてもいいだろ、……多分」
「なるほど、何時まで経っても帰ってこないネーシュ様を心配して抜け出してきたんですね」
「…………」

さらりと言われた内容が事実なのでなんの言い返しもできない。

「俺ってそんなにわかりやすいか?」

だとしたら将来国を背負う立場として果てしなくまずい。権謀術数渦巻くこの世界で生き残れない。

「ネーシュ様に関してだけはえらく分かりやすいですね。ここ一年程のことで言えば。まぁ、それで分からないネーシュ様も筋金入りですが」
「そうか」

いやな、一年くらい前から酷くなったんだよ。婚約攻勢が。所謂適齢期なわけで。言い換えれば同い年のネーシュも同じわけで。うちの弟も狙っているから必死なんだよ。なりふり構ってらんねーんだよ!
後生だからあの鈍感ぶりを一割でいいから無くしてくれ!!


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青空は黄昏に懺悔する



肘掛が片側だけのソファに寝そべる。ちょうどよく日差しが当たって気持ちよくて、ついうつらうつらしてしまう。
長い髪がソファに引っかかっている気もするけど、気になるほどじゃない。訂正、眠すぎて直す気にもならない。

「ネーシュ」

王子の声が聞こえる。けれど、その声はいつもと違って険しさを含んでなくて、優しく髪を撫でる手が心地よすぎてそのまま眠ってしまった。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 



ドアをノックしても返事がない。いつもならすぐに返事が返るというのに。何かあったのか?
ノブを回せば素直に回るから出かけてはいないようだ。重要書類があるから鍵をかけずに出かけるなんてありえないから、部屋にいるんだろう。

「ネーシュ、入るぞ」

扉を開けたら、ふわっと、暖かい風が頬を撫でた。もう春だ。ネーシュも天気がよくて窓を開けたんだろう。
執務用の机を見ればちゃんと書類の上にはちゃんと重しがのっている。

「どこだ?」

見渡す限りにネーシュの姿はない。
ただ、執務室として機能するだけの殺風景な部屋。らしいといえばらしいのだが、年頃なのだからもう少し気を使えと言いたくなる。
キラッ、と反射する光が目に入った。ああ、あそこか。窓辺に近いソファ。銀色の髪が一房、背もたれの飾りにひっかかっている。

「ネーシュ?」

ぐっすりと気持よさげに眠っている。寝ているからいいかと起こさないように、髪を撫でれば猫のように身じろぎをした。調子に乗って白い柔らかな頬に手を滑らせる。
つい先日、全身を血に染めたとはまるで思えない寝姿。自分の傍に置かなければ血に身体を染める必要もないのは百も承知だ。
頭で分かっていても、手放す気になんてなりもしない。手放した瞬間、蜜に群がるアリの如く貴族の子息が求婚するのは火を見るよりも明らかだ。
救いはネーシュの家が名門武家で家族内で溺愛されている点だろうか。ネーシュの父親も兄もネーシュの配偶者にはとことん気を使うはずだ。
ただ、俺のすぐ下の弟(第二王子。母后は違う。半年違い)もネーシュに目をつけている。いや、執着している。なんか、もうあいつがネーシュを見る目はヤバイ。
手放す気にはなれないんだ。でも、幸せになって欲しい。笑っていて欲しい。今みたいに、小春日和の中で気持よさそうにしているのがネーシュには似合う。

「それでも、傍にいて欲しいんだ」
ネーシュの顔を覗き込む俺の顔はどんな表情をしているんだろうか。きっと、情けない顔をしている。
髪を何度か梳いて、引っかかっていた髪にキスを落とす。滑らかな銀の髪。いい匂いがした。血の匂いがしなくて、泣きそうなくらいほっとする。
似合わない。似合わないんだよ。血の赤なんて、ネーシュには似合わない。


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ヴェールを縫って


俺の妹は王太子についていている文官だ。王子に任されている案件の補佐やその他細々としたものを負っていて、殿下の腹心だと内外に言われている。
男だらけの官吏の中で、男に勝る勢いで仕事をこなしいる所謂女傑なんだが、身内からすれば可愛い以外は無い。
俺とネーシュの祖父はケイオス戦役の英雄で、父も自力で王国軍の将軍に上り詰めている。俺は父に倣って基礎作りに地方巡り。
代々武官の我が家では娘なぞ生まれようものなら、男衆総出で珠の如く可愛がられる。祖母と母は苦笑いだ。
無論、愛情の差は無い。ただ、跡取りで男として生まれた俺は祖父や父にしごかれた。というだけで、俺が稽古するその横で羨ましげに見つめる妹を武道の道から引き離すのに必死だったくらいだ。
稽古をつけていた祖父も大慌てで侍女にネーシュを引き渡していた。勿論、稽古は一時中断。厳格な大戦の英雄が孫バカな好々爺に瞬時に変わったのは笑えたが。全部、無駄に終わったんだけどな。爺さんの苦労も父さんの気遣いも俺の努力も泡のように溶けて弾けて消えた。
文官として出仕しているはずなのに、そこらの武官よりもよほど剣の腕が立つって、お前。
それを人伝に父さんが聞いてきた時、大変だったんだぞ。さすがエセルネス家(うちのことな、ネーシュの生家)と褒め称えられた後に大泣きする爺さんと父さん(+俺)をなぐさめるの。
とりあえず身内の贔屓目有り無しに関わらず、うちのネーシュは可愛い。一般的に超絶美人に入るわけで。可愛いと評されるよりも美しいと謳われるのが似合うような子ではあるけれど、兄の俺からすれば中身も可愛いんだぞと声を大にして叫びたい。
実際問題、俺のダチにも同僚にもネーシュに惚れている奴は結構居る。ただ、俺に負けるようなにはネーシュをやらない。もとより嫁に出す気も無いけど。
そういう理由でもし、仮に俺に勝てたとしてもやるきはない。そして、俺の後には父さんと爺さんが待っている。立ちはだかっている。あの二人は例え死のうが構いはしないだろう。(どちらの意味でも)

「ただいま、兄様」
「ああ、お帰りネーシュ。休暇か?」
「そうなの。お爺様は? 父様には城で会ったのだけど」
「鍛錬場にいるはずだ。やたら気合が入っていたからな、爺さん」
「あら、お弟子さん達をしごいているのね。行かない方がいいかな?」
「んなことないから早く行ってやれ。すぐに来なかった!って後で爺さん拗ねるから」

拗ねると弟子達に八つ当たりを始めるぞ。と笑って言えば、ネーシュもくすくす笑って言ってきますと軽やかに鍛錬場に向かっていく。
銀の髪が太陽の光に反射して眩しい。

「…………王子(たち)にも狙われているんだよな」

友人、知人一同から入手した城内事情。卒倒しそうな爺さんと父さんにはまだ言ってない。母さんには言ったけど、ネーちゃんはもてるのねぇ、の一言で終了。のんびりな我が母らしい。
イエリアの上級貴族(中下が入ってないのはうちが上級貴族にカテゴリされているため)から王族まで狙われているらしい。兄として嬉しいような、泣きたいような……
王族内での筆頭はネーシュの上司に当たる第一王子のアレクシス王子。次に第二王子のフェンネル王子。以下、王族でも中枢に近いものが並んでいく。ハハ、すごいな。
白銀に一滴の紫を落としたような、薄い紫銀の髪に深海の青を写し取った瞳。絶妙なバランスで配置されたパーツ。雪の女王の娘、とか、冬の精霊だとか言われるネーシュに見つめられて、何の感情も持たない方が男としておかしい。だからこれだけそうそうたる面子に目を付けられえも仕方はないと思うが……
本人に恋愛とか結婚の類の感情が一切ないのは問題だと思いもするわけで。
城に出仕が決まったとき「仕事に生きるわ!」 とはっきり宣言しているのもあって、少し、多大に少しネーシュの周囲が哀れな気がする。ついでにネーシュは自分に対する好意は一律同じと分類しているし。



お兄ちゃんは、妹の行き先が不安です。
可笑しなことにならないといいなぁ。


03 青空は黄昏に懺悔する | 00 目次 |05 極彩色の夢


















極彩色の夢


堆く積まれた色とりどりの重厚な冊子(1cmほどしかない本なら冊子でいいわよね)を両手で持って王子の執務室に向かう。ちょっとそこ、なんで目を剥くのよ! 私が“これ”持ってちゃおかしいって言うの!!

「ネーシュです。王子、申し訳ありませんがドア開けてください。荷物が重くて両手塞がっているんです」

重いのよ。一冊、一冊ご丁寧に趣向を凝らして装丁してあるものだからおっもいの。どいつもこいつも遠慮なしに送りつけやがって!

「王子、開けてください。王子宛の郵送物で両手が塞がっているんです」

早く開けてよ、全くもう。腕が痺れてきたじゃないの。ちょっとそこ、王子をなに使ってんだって言うんじゃないわよ。いつものことだわ。
いたいけな少女に何させてんのよ、もう。そんなんじゃもてないわよ。道すがらどいつもこい、訂正何処の殿方も引きつった顔をしながら、それでもこれを持とうかと申し出てくれたわよ!
面倒だったし、他にも報告しなきゃいけない重要事項な案件の話があったから、丁寧に辞退したけど。(後に兄は連れて行けば良かったのにとちゃぶ台をひっくり返した)

「ああ、分かった。今開けるから待て」
「はーい」

ガチャっと開けられる扉。一歩下がって待つ。

「なんだ、それは」
「王子の見合い写真です」

開けてすぐに半目になる王子。冊子の名称を告げた瞬間には、見合い写真を全て引きちぎって燃やしてしまいそうな気配だ。

「何でお前が持ってくるんだ」

よりにもよって。とこめかみを押さえる俯く王子。私だってこんなもの持って来たくないわよ。仕方ないじゃない。断れない方から頼まれたんだから。でも、なんかすごい楽しそうって言うか、ニヤニヤ? そんな顔をしていたのよね。何か面白いことでもあったのかしら。

「王子のとこに向かう途中に宰相閣下から持って行ってくれ、と頼まれました。貴方が受け取らないのが悪いんです」
「ああ、そうだな、そうしとけばよかったよ」
「重いんでさっさと受け取ってください。後どいてください。部屋に入れません」
「ああ、悪い」

ひょいっと見合い写真群を私の腕から取って、奥に進む王子。それに続く私。初夏の風が部屋に入る……え?

「なにやってんですか! 王子」

開けた窓から見合い写真群を投げ捨てようとしている王子が目に入り急いで静止する。王子の部屋のすぐ下は湖がある。防犯を兼ねて。そこに投げ捨てる王子、待て。

「ごみ掃除」
「それはごみではありません。そして湖はゴミ箱じゃありません。掃除係を困らせないで下さい」
「ネーシュ。最後のは論点ずれているぞ」
「喧しいです王子。ちゃんと写真見て仮にでもいいから王太子妃候補決めてください」
「おまえ王子に向かって喧しいはないだろ」
「いいじゃないですか。心の狭い」
「そういう問題じゃないだろ、たく」

どか、っと疲れたように椅子に腰を下ろす王子。ゴミ捨てを止めたときにばらまかれた写真類を拾い上げて(王子がそんなもん拾わなくていいと言っているが無視だ。無視)王子の机の上にのせる。

「ノーセ伯爵の長女のアーデルハイト様にダンロット子爵の三女―イダ様、ファノンセ公爵の孫娘―アンジェリーナ様。などなど」

適当に選び取ったのを読み上げては机の上に広げて並べていく。こうでもしないと見ないんだもの、仕方ないでしょ。王子はずっとしかめっ面だけど。

「そうそうたる顔ぶれが並んでますね。これだけあるうちの何割が真実なことでしょうか」
「お前の方が美人だからな。小細工はしているだろうさ」
「あら、有難う御座います。でも、私ではなく別の女性に言って欲しいものですね」
「事実だけだろう、見目だけはいいから。お前の家は送ってないのか」
「ええ、勿論。父も祖父もそんなものに頓着しておりませんから。我が家の方針は己の力で勝ち取ることなので、縁故には手を出しませんよ。だから、早く決めてくださいません? 婚約者。要らない邪推受けて面倒なんですよ」

だって、迷惑なんだもの。王子の相手になる女性には思いっきり睨まれて軽く嫌がらせされるし、その親族には小細工されて仕事もままならなくことだってあるし。やんわり何処から手を回してんのか知らないけど縁談の話が来るし。
私は仕事に生きたいって言っているのに!

「ふぅん」
「いい迷惑です。何とかしてください」
「いいじゃないか、勝手に誤解させておけ」
「イヤです。誤解した阿呆な貴族の方々が嫌がらせで仕事の邪魔もされているんです。能率が下がって仕方がない!」

見合い写真のうちに一冊を一枚手にとってべしっと投げる。勿論王子とは無関係の方向に。ぐわっと髪をかき上げる。結構ストレスなのよ

「国中のお嬢様が揃っているんですから適当に決めてください」
「じゃあ、ネーシュ」
「うちは参入してませんから」

いやよ、仕事がいいもの。そのほうが…

「私は王子の側近なので。公私混同になります」
「紙一枚の上でしか知らない女なんか傍に置きたくない」
「だからお見合いを設定しますから選んでください」
「そんなもん、時間の無駄だ」
ええ、それはとても気持はわかるわ。だから適当に決めろ。

「そうかもしれませんが、貴方の役目です」
「なら俺より綺麗なやつにしてくれ。もしくは横に並んで遜色ない奴」
「いますか?」

うちの王子も綺麗なのよねぇ。この人と並んで劣らないのってご兄弟以外、早々見たことないわよ。

「いるだろ。ネーシュが」
「だからですねぇ」

うちは関係ないって言っていっているじゃない。

「俺は何も知らない表しか見ない女はいやだし。配偶者にはそれ相応のものを求めるし。なにより好きな女を伴侶に添えたいの」
「どうぞ」
「……俺はネーシュが好きなんだけど」

私も王子は好きよ。たぶん。
というか、それって

「それはつまり、王子は私を配偶者にしたいと」
「ああ、そうだよ、早く気づけ馬鹿」
「馬鹿とはなんですか、馬鹿とは。丸ごと熨斗つけて王子にお返しいたします」
「おお、貰う貰う。だから返事は」
「なんで、だからと返事が直通で繋がるんですか?」
「いいから、さっさと返事寄越せ」
「横暴です」
「王子だからな」
「はぁ……趣味悪いですよ、王子」
「城内の男共にそれ言ってやれ」
「はい」
「で、返事」
「こだわりますね」
「当然だ」
「王子がちゃんと言ってくれたら返事します」

にっこり笑って、言ってくださいと急かす。うん、嬉しいわ。

「了解」

ニカっと笑って、王子が私の前に立つ。
片膝をついて私の左手を取って、略式で誓約の言葉を告げる王子に魅入る。
言い終わって、笑って私を見上げる王子と目が合って、かぁっと赤くなってしまう。

「私の伴侶になっていただけますか、ネーシュ・フェノ・エセルネス」
「喜んで。アレクシス王太子殿下」



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