なんだか溶け出しそうだ。
ミーン、ミーンと盛りのついたように死に急ぐ蝉が心憎い。
ただいま正午回って三十分。熱さも極まって、ぶっ倒れそうだ。
何で、私はこのクソ暑い中外を歩いているのだろうか。そう思いながらトボトボと長い坂道を登り続ける。まだ、先は長い。マシなのは生い茂る木々で出来た木陰ぐらいなものだろうか。家までの距離ってどれくらいだっただろうか。


07 アスファルト


ああ、熱い! べたべたする。てかクラクラする。あ〜、世界が回る〜
「ちょ、馬鹿! 有宮」
「……城井だぁ。あんた、なにやってんの?」
「お前、この状態でそれ言うか。おい」
はー、と空を仰ぐ城井。
私は城井に支えてもらった体勢、斜角75度で止まったままだ。あのままだったら、後頭部から地面にぶつかって、下手すりゃ死んでた気がする。死因は脳挫傷か熱中症のどちらかだろう。
死因としては好みじゃないな。
「ひとまず、ありがとさん。でも熱いから離れろ」
「ひでぇやつだな、てめえ。助けてもらっといてその態度か」
「だから、ありがとって言っただろうが。仕方がないな。礼になにか奢ってやるから連れてけ、乗せてけ」
クイっと顎で示すのは転がった自転車だ。当然、人通りのないこの道でんなもん乗っていたのは城井だ。私は徒歩。
自転車を放り出して助けてくれた城井はほんとにいい奴だ。素直にそれを当人に言うのは酷く癪だから絶対言わないが。
「乗せて下さい、の間違いだろ」
「そうかもしれない」
「…女王の健在ぶりは夏に入っても相変わらずだな」
「いや、これでもまだぶっ倒れそうなくらいには参っているんだが」
「熱中症対策はしっかりしとけよ、お前見た目はか弱いんだから」
「見た目は、とはなんだ。私は実際にか弱い。もう、本当に最悪だ。この暑さでマジで死ねる」
「重症だな。そういや、有宮は昼飯食った?」
「まだ。だが食欲なんて皆無だ」
「食えよ」
「いらない」
「食え」
「いらん。どうせ家に帰れば医者共がわんさか待機してあれこれ薬やら点滴やら準備して待っているから、別に問題ないさ」
「あ゛ー、そのお前んちは、相変わらず?」
「変わるわけがないだろう。あそこは」
整然と塵一つない家に待つのは無機質な人たち。己の職務“だけ”を全うするあの家は重苦しくて私は夏以上に嫌いだ。まだ、ここの方がいい。
「ふーん。まぁ、いいや」
「うわっ」
両脇を持ち上げられて、起こした自転車の荷台に載せられる。二人乗りをしている人は良く見るけど、実際にやってみると痛い。
「おーおー、軽いなぁ見た目通りに。お前もっと食ったほうがいいぞ。うちの妹より軽い」
「小学生より軽いのか、私は…」
軽くショックを受けとく。確かに身長も低いし肉付きも悪いが、
「今の小学生は発育が良いし」
城井の続けた台詞に更にショック!
「今の台詞、なんか卑猥だな」
「なんでだ! なんでそうなる」
おい、こらと叫びながらペダルをこぎ続ける城井の後頭部を見やって、頭突きかましたほうがいいのか、と思ってみたりもする。
「いや、なんとなく。そういや、柚木ちゃん元気か? 最近見てないな」
柚木ちゃんは城井の妹だ。兄に似ず、可愛らしい子だ。
「見てないも何も、お前がほとんど家から出てないから見てないんだろうが。柚木は元気に今日もダチとプールに行ったよ」
「ほう、それは良かった。あのな、城井。こんな暑い日が続くのに外へ出るなんて、私がすると思うのか?」
腕を城井の首に回して、きゅっと軽く締める。身長差がなかなかにあってきつい。苦しいんだけど、と呟く白いに応じてもう少し緩める。けど、離す気はない。
「いまやっているだろうが」
「仕方がないだろ、補習なんだから」
そう、補習。なにが悲しくて夏休みのクソ暑い時分に学校へ行くなんて暴挙をしでかしていると言えば、一学期休んだ分の足りない単位を埋め合わせるために行われる補習に出ていたわけだ。
テストの点数は足りているんだけどなぁ。
「ああ、補習か。ならちゃんと送り向かいして貰えよ! お前が歩いたらぶっ倒れるに決まっているんだから!!」
叫ぶ城井。これは真面目に怒っている。さすが幼馴染。良く分かっているな、私の体質を。毎年、小学生のときは倒れる度に城井が負ぶってくれたものな。
「いや、悪い。偶には夏を満喫してみようと歩いてみたんだが、やっぱり私には向かないな」
「いい加減、判れ。毎年夏にぶっ倒れるのが恒例行事になっているお前が外を歩けばぶっ倒れるのは当然だろうが」
「いや、だって」
「だって、じゃないわ! 馬鹿女!!」
「毎日毎日、空調の利いた部屋で休んでみろ。窓越しに見る夏の風景。徐々に枯れ始めていく草。少しばかり焦るぞ。気が滅入るぞ」
「だからってこの暴挙はないだろ。お前な、そんなに外で遊びたかったんなら俺に電話しろ。こうやって外に連れ出してやるから」
ハァーっと、大きく溜息をついて、ついでにうなだれる城井。
「だって、城井。お前は夏休みは部活で忙しいじゃないか」
「一日か二日ならなんとでもなる」
「いいのか」
「しつこいな。俺が良いって言ってるんだからいいんだよ」
野球部のレギュラーが何を言っているんだ、と思うが口には出さない。まぁ、それなりに嬉しいんで頷いておく。
「なら、こんどどっかに連れてけ」
「そこはせめてしおらしく言えないのか? 有宮」
「しおらしくして欲しいのですか? 城井様。お暇なときにでも、私をどちらかまで遊びに連れて行ってもらいたいのですが」
「悪い、俺が悪かった。だからやめろ」
鳥肌が立ったじゃねぇか! と叫ぶので白いの黒く焼けた腕を見たら、なるほど、確かに鳥肌が立っている。
「だろう。気味が悪いだろう。あー、めんどうだ」
「おうおう。もう二度とすんなよ」
「しないさ」
「とこで、有宮」
「なんだ」
「明日も補習か?」
「いや、終わった」
「じゃあ明日、出かけようぜ」
「よろしく」
「バイク出すからスカートはやめとけよ」
「危ないのか?」
「……危ないな、いろんな意味で」





終わって!
あとがき

まじめに何があったんだろう。……私に
なんか企画内で浮いてそうな、妙に異質感がある代物になっちゃった。
えらい健全な夏の高校生さん
登場人物↓
有宮 里佳
城井 健太