クスクス、クスクス。
あまりにも楽しくて止まらない笑い声。汗いっぱいにかいて、息を上げながらもそれでも足は止めずに狭い迷路を走り続ける。後ろからは、待って、と言う声。時折後ろを振り向きつつも、楽しくて声を上げて笑った。イヤよ、早く追いついて、心の中で呟きつつ、一心不乱に走り続ける。
走り抜けるたびに葉が腕を擦ってくすぐったくて、ちょっと痛い。麦藁帽子と沢山の葉と花が太陽を遮りはしても、とても熱い。
真っ白い光が見える。長い長い迷路もそろそろ終わりだ。


強い日差しに色鮮やかな緑。通り向けた先には小高い丘と一般の大樹が立っている。少女は一度立ち止まって、木を見上げた。
風によって揺れる枝木に葉。濃い緑と鮮やかな黄緑のコントラストが綺麗だ。後ろの、通ってきた道は一面の黄色。みなが全て太陽に顔を向けて咲いていた。少女も花に見習って空を見上げる。ずっと足元ばかりを見てきていたから、光が目に沁みた。
夏の香りがする。
生命の、生きた匂いがする。
爛々と輝く太陽に手を伸ばした。あまりに強烈で大きな、光に手を伸ばせば掴めるような気がしたのだ。
太陽を手中に収めてぎゅっと握っても何もつかめない。指の間から漏れる光が、チカチカして、それでも綺麗だと顔を緩める。
「やっと捕まえた」
「律!」
ギュッと、掴まれた腕。直後に少女は押し倒される。視界は光と手から律の顔に変わる。
ぜいぜいと肩で息をする音が真近から聞こえる。額から大粒の汗を流し、緩められた喉もとがエロい、なるほどこれならもてるのも頷けると感心した。
「祇姫(シキ)。お前ね、無茶をするんじゃないよ」
「律の方がどう見ても無茶だと思う。息が上がって動けないじゃん。男なんだからもっと鍛えなきゃダメだね」
「うん、そうだね。研究が一段落したら鍛えることにするよ」
参ったよ。と言う声にそのほうがいいよと祇姫は頷いておく。そうしてから、祇姫はしみじみと律を見渡す。
「なに?」
「目新しいだけだから気にしないで」
「そうなのかい?」
「そうなの」
ネクタイを外して、上からボタンを三つ四つもボタンを外して首を寛がしている。しかも、上に羽織っているものもなければトレードマークの眼鏡もない。(これは祇姫を追いかける上で邪魔だったのだろう)
きっちりネクタイを締め、ジャケットを羽織るか、ジャケットの変わりに白衣を着ているかの普段から比べれば嘘のようにリラックスした姿だ。常の清潔感溢れる姿からは省みるに少しだらしないとも言ってもいい姿かもしれない。
「楽しい?」
「うん、楽しい。ひまわりは綺麗だし、空気は美味しいし、生きてる感じがする」
「……そう。それは、よかったね」
するりと律が祇姫の輪郭を撫でれば、気持ちよさ気に祇姫は目を瞑る。その様が猫みたいだ、と律は目を細めた。
ちゅっ、ちゅっと額から頬にかけて軽いキスを落とせば、クスクスと笑い声を祇姫は笑い声を上げる。その声が随分幸せそうであるのに律は安堵した。


ずっと閉じ込められていた隠し姫。
繋げられていた管の痕は未だに祇姫の両腕に色濃く残っている。今年が15を数える祇姫の中で初めての夏と言える夏だ。もっとも、無味乾燥な研究所の中に押し込められていた祇姫にとって今は全てが目新しいものに違いないが。


「なにが見たい?」
「なにがあるの?」
祇姫の中にある知識はすべてデータ上のものでしかない。よってなにが見て面白いものかもこの少女は知らない。だから、律は選択肢を与える。
「山に川に海に、見たいものならどこにでも連れて行ってあげるよ。祇姫はなにがしたい?」
甘やかして、ふやかして、やわらかく、やわらかく包み込んで、律は祇姫から選択肢を奪っていく。優しさを刷り込んで、祇姫の中から自由を奪う。

クスクス、と楽しげに笑って祇姫は律の首に腕を回した。
「あのね、とっても楽しいのよ。律が、隣にいれば私はそれでいいの」
「そうか」
「うん」
ギューっと祇姫は律を抱きしめて一分の隙間もないほどに抱きつく。
律が、くいっと祇姫の顎に指をかけて上向かせれば素直に祇姫は律の意図を読んで静かに従う。
合わさる体温。
周囲には誰もいない。
見えるのは目に鮮やかな黄色と抜ける青空。



目に見える全ては知らぬことばかりだけど、躊躇うことも少ないはないのだけれど、傍に律である限り、怖がることはないと祇姫は薄れる意識で思った。




あとがき

あ、あんまりヒマワリが活躍してない。
はじめはエロを書こうと思ってたくせになにこれ!

青年少女っていいわ
狂愛とか好きよ。歪んだ独占欲とか
そんなもの詰め込んで夏休みを過ごします。