等間隔に同音を立て続けながら水は身体を打つ。
雨の音にも似たシャワーがタイルを打つ音が浴室内に響く。
目隠しの曇り硝子を隔てた向こうには防犯にアルスがいる。 背中を硝子に預けている姿が、曇り硝子の内側からもよく分かった。
戯れにシャワーの水を掛けてみる。白い湯気と硝子上からでも、見える闇色の髪が見える。

「お姫様は、助けに来た王子様の手を取って、魔女から逃げて幸せになりました」

無意識に口を突いて出た言葉は、古い童話の一説。
「いきなりどうした?」
「お姫様が哀れに思えただけよ。けれど、少し羨ましいのかもしれない」
「目隠しに温室に鳥籠の中の住人に羨ましいって、随分だな」
「だって、ボスにあそこまで執着されるのよ。羨ましいと思ってなにが悪いの?」
水道水と血の混合物が白いタイルに赤黒く伝っていく。よく温められた水は、固まってこびり付いた血液をゆっくりと流して、下水に流れる。
乾いて黒く固まった髪が、柔らかな金色に変わってきた。密かに自慢の髪は、本当なら丁寧にトリートメントをしたいところだが、生憎ここは自宅ではないので当然ない。
濡れた髪を一房、掴みとって掌に並べた。全く似てない。目の前の男の髪にも、ボスが執着している少女の、あの真っ直ぐな少女の気性を写し取ったような紅蓮の髪にも。
「お前のボス至上思考がすごいが、羨ましいとは女の方には思えんな」
「“女の方には”?」
「ああ。ボスが羨ましいと思う。あれほどまでに一人の女に執着できることが」
「へー、あんたは出来ないんだ」
「出来ないな。愛していると言う女を俺は殺せる。愛していても殺せる。きっと、何も思わずに」
「なら、私も?」
「お前を殺すのは骨が折れる上に、お前が俺を殺す方が早いだろう」
「ねぇ、それって言ってて情けならなくないわけ? 女の私より弱いって断言するの」
「組織内No.3の殺し屋が本職のお前に勝てるやつの方が少数だ」
きっぱりと躊躇いもなく断言する男に、なにやら呆気に取られてしまう。何でアルスは溜息を吐くの?
「まぁ、そうなんだけどね」
くるりと、掌の上の髪を指に巻きつける。
世界にはほんの一僅かしか、私に勝てる人なんていない。自惚れでもなく、事実。だから私なんて足元にも及ばないほど強く、頭の切れるボスに憧れる。
「それでも、アルスは私を殺せるの? 感情でも仕事でも、私も簡単に殺せる、と思えるの?」
「なんとも不穏当な台詞だな、」
「早く答えなさいよ」
とん、と硝子に背を預ける。丁度アルスと背中合わせに立つように。
硝子の冷たさに肌は粟立ってけれど、出しっぱなしのシャワーで浴室内は少し暑いほどだ。少しすれば、慣れる。
「多分、殺せないな、お前は」
「あら、嬉しい」
これは本当に嬉しい。友人付き合いは長いこの男に惚れる気はないが、恋愛ごと関係の女と同列に扱われないのは小気味がいい。
「お前は?」
「私? 私は、どうなのかねぇ。わかんないわ。その時にならないと」
その時になって決めるかしら。今は殺したくないわ、と続ければ「全くもって、その通りだな」と苦笑いしているアルスの様子が伝わってくる。
確かにこのまま殺り合いたくはないなぁ。いざと言うときは裸だろうがなんだろうが、気にも留めずに殺り合うけど、あんまりしたくない。
更に言えば私は裸な上にお風呂に入って心身ともにリラックス気味。で、あっちは完全武装で臨戦態勢。
実力は私が上。状況はアルスが上。
「あ、そうそう。あんた、これからあいてる?」
「基本的に俺はお前のサポート、って言うか後始末か。に当てられてるんだからシュラキアが暇ならあいてるだろ」
「そう。じゃあ買い物に付き合って。気に入ってたサンダルが駄目になって、ついでに他にも色々と新調しようかと」
もう最悪よ、と零せばアルスが面白げにクックと笑い声を上げる。なにが面白いのかさっぱりだ。
「なにが面白いのよ」
「あのお前がベルベニードなんて屑に大事なサンダルを傷つけられたのが、らしくもないなと」
「ちゃんと避けたつもりだったのよ! それにその後に、にあの血溜まり歩いちゃったもの」
「どうでもいいが、今日は35度を外は越えるらしいぞ」
本当にどうでもよさげにアルスは言ってくる。
暗にそれでもいいのかと告げる中に、以前の私の機嫌の悪さを言っているのだろう。暑いと知らずに出た先で、化粧が崩れせっかくセットした髪は鬱陶しくて仕方なかった。
「車出してよ。メトロで移動なんてゴメンだわ」
「了解」
キュッと、コックを回して温水を止めて冷水を出す。
これから外に出るというのに、抜けたままはイヤだ。
「あのさ、あの子にもなにかアクセとか服とか買おうかなぁ、って思うんだけど、どう思う?」
「無駄だろ。ボスが捨てる」
「やっぱり?」
可愛い子を飾り立てるのは楽しいし、軽く趣味だ。アルスが恋人にするのもソッチ系の子だから、たまに貸してもらって連れまわして、飾り立てる。
ボスの愛し子も可愛くて、弄り回したいところだけど、多分そんなことは許されない。
哀れに思う。
羨ましい、とも思う。
けれど、だからこそ、私はあの子に嫉妬はしない。
悪意を抱かせないのは、あのこの境遇と何より資質だろうか。
ボスが執着するのをあの子は持っている。
だから、かわいそう。
あんな人でなしの、残酷な男に愛される娘が。



「私は蜘蛛に捕まって食われる哀れで美しい蝶より、自由に空を飛ぶ猛禽類が好きよ」
「確かにシュラキアは猛禽類って感じだな」
「アルスは梟ね」
「なんでだ?」
「なんとなく?」




あとがきって言うか、補足?

サンダルより、続編。多分数時間後。なんかあそこで顔見知りの知人とか書いてたから後で修正しようかね。

恋愛関係にはないけど、してることはしている二人。恋人よりも恋人らしい間柄。
恋人が居てもいなくても距離感は変わらない上に、気遣いもしない。
相手には恋人居る。けど、何で気を使わなきゃいけない? したいならする。しないならしない。
たぶん、この後に出かけた買い物は、周囲にはでーととしかとりようのない感じで仲良さげにやっていると思ふ。


なんか書きたいものが久しぶりにちゃんと文字に出来た気がする