ミーンミーン、とやかましく鳴く蝉の声が暑さを際立たせている気がする。
誰も彼もが下校した学校。静まり返った教室内。日が差さないために昼間であるのに薄暗い。
コトン、と音を立てて二つ、ラムネが並ぶ。水滴が瓶から滴って、水色の外見と相まって涼しげだ。
「ねえ、祇姫。あんた夏休みの予定は?」
「律と旅行」
スパン、と切り捨てるか如くに少女は友人の質問を返した。友人−香奈−は、ハァっと一つ溜息をついて項垂れる。この見た目、日本人形みたいに恐ろしく美しい友人はいつまで経っても保護者馬鹿だ。もともと寡黙な性質なのかそう話さないが、話しかければ返す。という程度の会話しか成り立たない少女をクラス、ひいては学園中の人間が一歩引いて関わっている。一言で言えば高嶺の花。そんな祇姫の一番の友達(祇姫のなかでは知人の分類かもしれないが)になれたのは僥倖だとは思うがだからと言って、この扱いはないんじゃなかろうか。せめて祇姫が保護者に向ける機微の一欠けらでもいいから分けて欲しい。
「あんた、律さん大好きだよね」
「うん、好きよ。当然じゃない」 何を言っているの? とばかりに続ける祇姫は読んでいる文庫から顔を上げない。
「筋金入りね」
そして少し、怖いなと思う。祇姫が自分から口を開くのは律のことだけだ。
「あんたって律さんと二人暮らしだっけ?」
「うん」
「一緒に住みだしたのは今年から?」
「そう」
「それまでも会ってたの?」
「私が覚えている限り、律はずっと隣にいたけど」
「そりゃまた、長い付き合いね」
律という男の執着も。
「そうなるのかしら」
緩やかに流れる髪に合わせて首を傾げる。祇姫にとっては隣に律がいるのが当然なんだろう。まったく恐れ入る。
「あ、やっとこっち向いた」
「むっ。さっきからなんなのさ、香奈」
読書の邪魔をされたのが気に食わないらしい。なんだこの女王様。いや、似合っているけどね。
「んー、親友が口を開けば律、律、律じゃあイヤねぇ。っていう嫉妬。しかも夏休みに遊べるかと思えば、その律さんと旅行と」
全くもって気に入らないのよ。言えば祇姫は不思議そうな顔をする。この子は自分を省みていないから、好かれているとわかってくれない。それが少し、寂しい。
「夏を、」
「うん?」
「外で過ごしたことがないから、律が見せてくれるって」
「そっか」
「うん」
「じゃあ、楽しみだねぇ」
うん。と小さく頷く祇姫。ああ、可愛い。心配なのはこの、かわいいかわいい親友がぱっくり食われないかどうかというわけなのだけど。
食われるよね。夏に二人きりで旅行。阻むものは誰もいない。ああ、どうしよう!
「とりあえず気をつけるのよ」
「なんで」
「いいから」
「律がいるから大丈夫なのに…」
その人が一番危ないんだって。

綺麗な綺麗な夏特産品。
ふぅ、と溜息をついてシュワシュワはじけるラムネを見つめた。
この穏やかな日常が、シュワシュワとラムネのようにはじけて消えていきませんように。



 あとがき 
やっぱりラムネが活躍しない。
日常を脅かす、律の執着と受容する祇姫を第三者視点で書きたかったはずのなのに。