ぶちっと嫌な音を立てて、足先から圧迫感が消えた。
ああ、避けきれたと思っていたけど、掠っていたのか。気に入っていたのに。黒地に赤い紐の派手ではないけどアクセントの利いたサンダル。仕方がないか。
「ぅ…ガふっ! この魔女め」
「なに〜まだ生きていたの? そのしぶとさは流石だわ、ベルベニード」
銃弾を腹に三発、太腿と利き腕の肩に一発ずつ。これで生きているんだから悪運が強いというか、運がないというか。肥え太っているくせに生命力が強いな。全く、世界は不条理だ。
「苦しいでしょ。今楽にしてあげるわ」
グシュグシュと音を立てる絨毯を一歩二歩と進んでナイフを振り上げる。
口を半開きにしたまま、声を発すこともなくただ白刃を見つめたままのベルベニードは、既に眸が混濁を始めていた。つまらない
「もっと強い人がイイなぁ…」
例えば、ボスみたいな人。
優雅に人を殺したとは見えないほど、変わらずにあの人は在れる。後ろ暗さも高揚も、何一つ見せずに微笑んでいらっしゃる。私には出来ないからこそ、憧れるのだ。
室内をぐるっと見回して、確認。綺麗にみんな事切れている。
掌に収まる銀色のナイフ。とても綺麗なくせに、切れ味は私が知る何よりも良い。
ベルベニードの護衛を一人一人、これで殺した。首を横に一文字切り捨てて、後は護衛たちは床に倒れこむ。声も出せずにあっという間に死んでくれていいのだけれど、返り血を浴びてしまうのが考えどころ。
そう広すぎない部屋に毛足の長い絨毯と、調和を保つ家具に沁み一つ無かった筈の壁がペンキをぶちまけたかのように、残らず赤く染まっていた。絨毯など飽和状態超えていて一歩踏み出せば、嫌な音と一緒に赤黒い液体が染み出てくる。
よかった。底の高いサンダルで。返り血を浴びるのに抵抗はないけど(現在頭の天辺から血みどろ)(服、捨てなきゃか。残念)間接的に血を浴びるってのは、どうも気持ちが悪い。
顔を引きつらせて、座り込んだまま息絶えている男に一瞥をくれて踵を返す。
額に、血がこびりついた短剣が刺さった男ってオブジェになりえるのだろうか? 見目がよければいいけど、この男じゃダメだし。
処理班は大変だ。 
「バイバイ、ベルベニード。冥福を祈っといてあげる」
無駄に装飾の細かい扉にらしいな、と思いながら扉を開けて外に出る。室内から繋がれた緑豊かな庭園に出ると空気の違い差に後ろ振り返った。それからもう一度前を向く。後ろ手に扉を閉めて、一歩前へ。
濃密な血の匂いから清涼な夜の匂いへと場は変わる。それでも浴びた血が匂いを残す。
「うわ! 髪がごわごわ」
無意識に髪に手を入れれば、血に固まった髪の束が幾つもできていることがわかる。ふわふわとした金の巻き毛がべったりだ。
「シュラキア」
静かに夜に染み入るように響く声。なぁに? と振り返れば気配もなくコートを羽織ったアルスがいた。同僚。それしか言えない、私見たいな裏側の人間を補佐する裏方の人間だ。
「怪我は?」
「ない。あ、でも気に入ってたサンダルが駄目になったわ」
ほら、と切れた紐を指し示せすと、そうかと淡白な返し。
「それで歩けるのか」
「少しなら。長い距離はムリ」
「わかった」
徐に近づいてくると思えば、軽々と抱き上げられた。膝をホールドして、腕に私を乗せてアルスは痛くないか? と問うて来る。
「痛くはないけど、血が移るわよ? いいの」
全身にベッタリ返り血を浴びているのだ。抱き上げてたら血が移る。
「別に。どうせすぐに捨てるからな。車まで少し移動する。大丈夫か?」
「大丈夫も何も、車まで汚れるわよ。時間あるんでしょ? ここでシャワー浴びてくるわよ」
漁色家でもあったベルベニードの家だ。女物のドレスぐらいはあるだろう。
「悪いが時間は無いんだ。車のことも気にしなくていい。行くぞ」
「へー。じゃあ、まかせた」
行けーと進行方向を指し示せば、フッとアルスが笑った。
「シュラキア、そっちじゃない。もっと右だ」
「うっ。そう、そうなの。早く行くわよ」
恥ずかしさの余り顔が紅潮する。思わず、顔をそらすが意味は無かった。
「耳まで真っ赤だぞ、シュラキア」
「やかましいわ」



あとがき
原点に戻ってみる(原点が殺戮ってどうなの?)

手を伸ばして、届く距離でも、伸ばさず胸を張って一人歩いていく姿もまた好きです(少女マンガチックなのは何故か二次で求めてしまう天邪鬼)(つまり実際にはありえないと分かっているから好きと・・・)