君は
毒にも
薬にも



 ならない子だね。と呟きが聞こえた。

「そう? 先生は私から採取した体組織を培養して色々しているそうだけど、それが何の役にも立っていないのかしら?」
「そういう意味じゃないさ」

 耳聡いね。と笑いを堪える声。珍しい。随分と上機嫌だわ。

「確かに君から摂取したサンプルは思いのほか使えているよ。ただね、君という存在は本当に扱いがたいという話だよ」
「まぁ! 雇い主の娘にそんなこと言っていいの? 先生は此処から追い出されたらまた牢獄の中でしょ」
「そうかもしれないね。けど、違うかもしれない」
「むぅ。確かに先生の能力はみんな喉から手が出るほど欲しいものかもしれないけど、それは先生じゃないのよ。先生の脳とそこに至る思考回路。それだけがとびっきり欲しくてそれ以外には目もくれないの。私だけよ、先生を丸ごと欲しがっているのは」
「……だからそういうところが、君を評する理由だよ」

 額に手を当てて上を向く先生。参った、と小さく小さく呟いた。私は診察台の上に寝かされて固定されているから、自由になるのは口だけ。だから先生の顔を見ることがかなわない。どんな顔をしているの? 先生。
 ぽたり、ぽたりと管を伝って落ちる水滴が百を越えた頃、先生は私とやっと目を合わせた。眼鏡越しではない先生の瞳は底なし沼のように深い。体から生える沢山の管。

「ねぇ」
「なぁに?」

 いつもと反対だ。と少し笑った。私が言って先生が返す。それがいつもなのに今日は反対だ、なんだかちょっと嬉しい。

「君は本当に厄介な子だよね」

 酷いわ、と言う前に私の唇は塞がれ音を成さずに終わる。目の前には翡翠。苦しいと感じる前には離されて、大きな手が目を覆う。
 ピッ! と軽い電子音が一回。もう寝なさいと耳元で聞こえた重低音。
 体から幾つも生える管が生まれて始めて鬱陶しいと思った。例え、それが私の身体を維持するのに必要な不可欠な代物であっても。高々ボタン一つで、指一本で左右される体。
 お父様に言いつけてやる。とかろうじて呟けば、楽しみだ。と返す声が強制シャットダウンされる意識の中、確かに聞こえた。