時を
刻まない
時計



 全体的に白で揃えられた少女の自室。人生の大半を彼女は此の部屋のベッドで過ごして来た。その割にはあまり、人が住んでいる気配が無いのは此処一年ほどほとんど少女が足を運んでいないせいだろう。件の医師が来てからはほとんどラボで過ごしている。ラボで彼女の全てを管理して、そこでやっと少女は生きることが可能なのだ。

「時を刻まない時計なんて必要ないだろう」

 一年ぶりに自身の自室へと訪れた少女に付き添う医師は部屋を一通り見渡した後、少女に言った。娘一人に世界最高の医師に研究者、施設、資金を惜しみなく出す親を持ち、溺愛されている少女の部屋にそれがあるのは些か首を傾げる。常に最高のものを、少女に幸せをと言って憚らない父親が壊れた時計など何時までも置いておくように思えない。品の良い、高価なアンティーク時計だがそれだけだ。それ以外に価値は無いのだからすぐさま処分されていてもおかしくない。

「必要の無いものなんて存在しないわ、先生」

 そうなのだとしたら私は存在できないもの。と少女は右手を唇に沿え緩く微笑う。

「そういうものかな」
「そうよ、それにそれはとても大切なのよ」

 それとは勿論時計。白亜の時計は医師の手の中に収まったまま、針はピクリとも動かない。

「その時計が示している時間はね、」

 声量を抑え、医師の耳元で話す。傍から見ればまるで仲の良いカップルの秘密めいた会話。けれど現実はそこまで甘くも優しくもない。

「私が始めて倒れた時間なの。血を吐いて、臓腑が生きながら焼けているのかと思うほど熱を持って、三日三晩生死の狭間を彷徨った時の開始時刻」

 謳うかのように告げる内容は、楽しげな声に反してどこまでも現実を告げる。
 比喩でもなんでもなく少女の身体を知り尽くしている医師は、その光景が目に浮かぶ。想像でしかなく、少女以外に理解も出来るはずも無い症状。痛いなどという次元ではないのだ。少女を蝕むそれは。狂ってもおかしくない痛みに少女は何年も耐えてきた。

「此の時計は君にとって何を示すのかな?」

 病との闘いの軌跡か、痛みに耐えてきた時間か、過去を羨むためか。少女は何を思って手元において置くのか皆目見当がつかない。

「私が死んだときに一緒に棺に入れてもらおうと思って」

 弧を描く唇から出た言葉は、残酷な未来を示す。








 時を刻まない時計は、少女の時を止めたまま、終わり迎える。




  ⇒こちらもカウントダウン。始めから死に向かって歩く少女。望まず生を歩く医師。時計は指針。少女の心は病に倒れたときに停止した。