荘厳なる
鐘の音に



 鐘が鳴る。鐘が鳴る。
 ゴーン、ゴーーン、と重低音が町中に鳴り響く。
 街の中心に在る世界最古の建造物が、13の鐘を鳴り響かせる。
 13の鐘は死者の鐘。死出の旅路に向ける手向け。


 今日、人が一人死んだ。









「――先生は何を思う?」
「何に対して?」
「人に対して」

 抽象的な会話。
 今も人は変わらず、偶像に縋りつく。既に科学によって死後の存在は否定されたというのに、人はまだ信じ、神の存在を信じている。

「なんだろうね。理解しがたい、が今のところ一番妥当かな」
「今のところは?」
「そう。今のところは」
「変なの。先生は変わったわ」
「そうかな」
「そうなの」

 少女と医師が出会って一年と半分が経った。少女の身体は、もう、限界。

「だって、”今のところ”はなんて自分に対して使う人じゃなかったもの。先生は」
「そうだね、そうかもしれない」

 でしょうと、笑う。少し前を少女が歩いて、医師が数歩後ろで彼女を見守る。でしょうと彼女は振り返って、先生と言って笑っていた。それが彼女と彼の日常。

「ねぇ、先生。あの鐘は私の時も鳴るかしら?」

 ベッドの上、無数の管に繋がれ、周囲を仰々しい機械に囲まれた少女は喋りにくいのか、エアマスクを外そうとする。それをやんわり抑え、医師はどうかな、と苦笑した。
 13の鐘は、教会によって葬られた時にだけ鳴り響く。信者、特に多額の寄付をした者にだけに教会は手厚く死者を棺に入れる。勿論今も誰とも知れない死人を葬るのも教会の仕事だが、廃棄処分と言って違わないような形だけのものに成り下がっている。死体を放置すれば疫病が蔓延する。景観を損ねる。死臭がして堪らない。身寄りの無い者の葬送は教会の役目だろう、と住民に言われ仕方なしにやっているに過ぎない。
 少女の家族は無神論者だ。神の存在などかけらも信じていないし、存在していようとも下らないと高らかに笑って見せるような一族だ。当然、寄付などするわけも無い。そもそも、少女とて何の躊躇いもなく神など切り捨てるような子だ。死を間際にして信じるような性格でもないし、そうであったなら既に信者となっていただろう。それぐらい彼女は生死の境をさまよってきた。

「君が望めばなるさ」

 少女が望めば、なんとしてでも少女の父親は叶えるだろう。札束を与え、鳴らせと言えば教会は喜んで鐘を打つ。金に貪欲な穢れきった教会は。

「音が綺麗なの。あの重くて、響く音が好きだったの」
「変わっているね、相変わらず」
「不吉だからでしょう。人が好まないのは。夢なの」
「どんな夢なのかな」
「あの鐘に送られて眠るのが」

 すぅっと眠りにつく少女。今日は喋り過ぎた。まだ、死んではいない。






 少女が永遠に眠るとき、荘厳なる鐘が鳴る。



   ⇒一気に加速。いつ死んでもおかしくない、むしろ生きているのがすごい状態。教会云々は私の勝手な空想。気分を害したらごめんなさい。――は各々想像で。