屍すら愛しいと思った



 防腐剤の液体に付け込まれる少女。内臓を綺麗に抜かれ、血抜きをされ、減った臓器の代わりに詰め物をされ”生前”の姿を再現されている。血色はどうしようもないがそれでもほとんど大差をなくしている。
 一昔前、科学の力が粋を究める以前ならばコールドスリープでもさせたのだろうか。
 少女が好んだ花を敷き詰められた棺に入れられることなく、冷たい液体に浸されている。せめてもの救いは設置されたのが温室だったということか。ラボの最下層にある寒いリノリウムの部屋でなくて良かったと、心の片隅で思う。
 少女は死を受け入れ、棺に眠ることを許容していた。許さなかったのは周囲だ。彼の少女の父は傍目も気にせず泣き叫び、少女の周りを囲っていた機器がエラー(死亡通知)を伝える高い機械音と一緒に不協和音を立てていた。ひとしきり泣いた後、憤怒を込めた瞳とともに自分へと向き直った。人殺しと叫ぶか。それとも硬く握った拳で殴るか。それでも天才かと罵るのだろうか。どれかなと、つらつらと考えていれば、父親が取った行動は自分の予想内に無いものだった。

「ありがとう」
「――…貴方達親子は変わってますね」
「礼を言うのは当然だろう。あの子が歩き回れるようになったのも、温室を愛でれたのも、私に『お父様』と笑顔を向けてくれたのも君のお陰だ。娘も君に感謝をしていた」
「それこそ当然ですよ。私が貴方に助けられた理由でもあり、もとより私は医者ですから」
「そういうつもりではないよ。いや、もとより君に才に賭けて引っ張ってきはしたがそれほど賭けていたわけではないからね」

 ふぅと小さく零れる溜息。初めから諦めていたのか。この人は。娘の快癒は望めなかったのか。

「彼女は13の鐘で眠ることを望んでいましたよ」

 そう言えば、彼の人は目を見開く。そして、そうかと苦渋に満ちた声で小さく呟いた。
 頼みたいことがあるんだが、と続いた言葉に珍しく言葉を失い、暫らく間を置いた後、かまいませんよ。と頷く。



















 ゆららと白い布が揺れる。重力下の気圧変化による影響での揺らめき方ではない、不自然な揺れ方。
 円筒型の水槽が部屋の床と天井をつないでいる。無数に床を走る線は水槽に全ては繋がり、それぞれの役目を果たしている。

    『此の子をこのまま保存してくれはしないか』

 防腐剤の入った水槽は維持装置に繋がれ、中に眠るは少女。こうして見るだけなら、今にも目を覚ましそうだ。睫を揺らし、ゆっくりと瞼を上げるさまが目に浮かぶ。
 少女の顔がある位置に手を伸ばし触れる。
 ”冷たい”
 当然だ。ガラス越しで、更には死体を保存するために水温はマイナスに設定してある。冷たくて当然だ。
 言えばよかった。言葉で表せばよかった。ああ、後から悔いるから後悔なのかと思い知る。
 


 愛していたよ。誰よりも君を気に入っていたよ。

 言って、温室を出る。









 少女が望んだ、鐘はならなかった。

  ―― 夢なの。あの鐘に送られて眠るのが ――

 分かっていたのかもしれない。父親の、僕の思いを。自分の亡骸の行方を。それとも、ただ単に夢だといったのか。
 答えるものはいない。

 眠り姫は目覚め、仮の眠りから本当の眠りへ落ちたのだから。



一時の幸せと引き換えに眠りに落ちる。